カウンセリングルームながまち 室長 精神保健福祉士 樋口明夫
1.分裂する能力、そして分裂にある程度耐えられる能力
中井久夫氏「精神健康の基準」(ちくま学芸文庫「「つながり」の精神病理」)所収
2.両義性(多義性)に耐える能力
3.二重拘束への耐性を持つこと
4.可逆的に退行できる能力
5.問題を局地化できる能力
6.即座に解決を求めないでいられる能力、未解決のまま保持できる能力
7.いやなことができる能力、不快にある程度耐えられる能力
8.一人でいられる能力、二人でいられる能力
9.秘密を話さないで持ちこたえる能力(関連して、噓をつく能力)
10.いい加減で手を打つ能力(関連して、意地にならない能力、いろいろな角度からものを見る能力、相手の身になる能力、欲求不満に耐える能力)
11.しなければならないという気持ちに対抗できる能力
12.現実対処の方法を複数持ち合わせていること
13.兆候性へのある程度の感受性を持つ能力(関連して、対人関係を読む能力)
14.予感や余韻を感受する能力
15.現実処理能力を使い切らない能力
中井久夫氏の「精神的健康を維持するために」について
今年6月上旬、本ブログに「中井久夫氏の「精神的健康を維持するために」について」」という一文を投稿してから4か月以上経過したのですが、今でも読んで下さる方がいらっしゃり、大変うれしく感じています。
前回の投稿では中井久夫氏が挙げられた15項目のうち、1から4までしか解説できなかったので、今回は第5から第9まで5項目を解説させていただきます。
中井久夫氏は統合失調症の治療・研究で高名な精神科医で、阪神大震災当時神戸大学精神科の教授をされており、被災者の心のケアに当たられた先生です。
「精神的健康を維持するために」15項目は、ちくま学芸文庫「「つながり」の精神病理」所収の「精神健康の基準」という論考に記されているものです。
5.問題を局地化できる能力
この項目の説明の際、中井氏は「問題を一般化すれば、形は堂々としたものになるが、解決は遠のく。(中略)科学や哲学は、どうしても物事を一般化せずにおれぬ者の精神健康のために発明されたのかもしれない。」と言われており、「一般化」に対置されるものとして、「局地化」を考えられていることがわかります。
科学や哲学の研究においては、堂々とした普遍的体系が求められることもあると思いますが、研究を志しているわけでない普通の人にとってのストレス源となる身の回りの問題は、個別具体的なあれこれであることがほとんどです。
あまり問題を大ごとにして戦線拡大してしまわずに、「局地戦」にとどめておくことで、疲弊・消耗を少なくすることを、中井氏は勧めておられます。
6.即座に解決を求めないでいられる能力、未解決のまま保持できる能力
この能力は葛藤や矛盾への耐性と関連しており、ある程度の葛藤や矛盾、時には失意でさえも人を生かす、と中井氏は言われています。
悩みや葛藤のない人生はありえないので、ある程度の耐性は必要になりますし、人を押しつぶさない程度のストレスは、逆に人を成長させることもあります。
ストレスフルな状況に陥った時にあまり安直な解決策を求めたり、すがってしまうことで、かえって泥沼に陥り、成長の機会を逸することもあるでしょう。
この「即座に解決を求めないでいられる能力、未解決のまま保持できる能力」は、以前本ブログでご紹介しました、オープンダイアローグ7つの基本原則の「不確実性への耐性」と同じ内容のことを言われているものと考えています。
7.いやなことができる能力、不快にある程度耐えられる能力
この第7の能力は、以前本ブログにてご紹介しました、帚木蓬生氏の「ネガティブ・ケイパビリティ」と通じるものです。
この能力のことを考える際、ご自身の「仕事」と関連させて考える方が多いのではないでしょうか。多かれ少なかれ、「いやなこと、不快なこと」に耐える対価として報酬を得ている面があるのは否めないところです。
中井氏は、「回復過程において、働く能力が最後に出てくるのは、いやなことができる能力がかなりのゆとりが前提になる能力であることを意味している」と記されています。精神疾患からの回復過程にある方にとって、「就労」が可能となる段階は、本当に最後の方、ある程度の精神的ゆとりができる最終段階でないと難しい、逆に言うと、あまり焦りすぎるのはよくない、ということだと思います。
精神疾患のあるなしに関わらず、誰にとってもゆとりは大切です。昔好きだった故ムッシュかまやつ(かまやつひろし)さんの歌にあったように「誰もかれも皆、先を急ぎ過ぎてる。せめて俺だけは、のんびり構えて歩いていきたい。」と思う気持ちを大切にして歩いていきたいものです。
8.一人でいられる能力、二人でいられる能力
ウィニコット(イギリスの小児科医、精神分析家)が唱えた「一人でいられる能力」に、中井氏が「二人でいられる能力」を付け加えたもので、「境界例はこの両方に障害がある」と記されています。
「精神的健康を維持するために」15項目は、最初の方の「分裂する能力」などに紙幅を大きくさいているので、後ろに行くほど文章が短くなっています。この第8の能力についての中井氏の説明も非常に短いのですが、かなりツボをついた大事なことを言われています。
「境界例」という診断は現在使われなくなりましたが、ほぼ「境界性パーソナリティ障害(BPD)」を指します。境界性パーソナリティ障害の人は感情や人間関係が非常に不安定ですが、その根底に「耐え難い寂しさ」があります。そのために1人でいることが難しく、非常な強さで「一緒にいること」を求めてしまうため、親密な人との関係が壊れてしまいます。
そのような耐え難い寂しさが心の底にある人が、「一人でいられる能力が大切だ」と人から言われて、「そうだな」と納得したとしても、それで一人でいられる能力を直ちに獲得することができるわけではない、ということが問題です。「ではどうしたらいいか?」に関して、中井先生は何も言われていません。
境界例、境界性パーソナリティ障害は「治らない」と言われてきました。確かに、「耐え難い寂しさ」の元である「心の底にぽっかりと空いた穴」は、誰かとか、何かで埋められるものでもありません。
しかし、人間は死ぬまでの間生涯変化し続け、成長し続ける存在です。時間はかかるかもしれませんが、精神科での治療やカウンセリング、各種の自助グループを利用するなどし、自分自身について、また、「一人でいられる能力、「二人でいられる能力」について振り返る作業を続けることで、今よりも楽で健康な生き方、人間関係の持ち方ができるようになるのではないかと考えています。
9.秘密を話さないで持ちこたえる能力(関連して、噓をつく能力)
この第9の能力についても、中井氏の説明は非常に短く、「秘密を話さないで持ちこたえる能力」と「嘘をつく能力」が関連する能力であろう、ということと、「しかし、嘘をつかないでいられないのは”びょーき”である」ということしか、書かれていません。
なので、掘り下げるには自分で考えるほかないのですが、「秘密を話さないで持ちこたえる能力」は、自分と他人との間の「バウンダリー(境界線)」や、「これを言ったらどうなるか?」ということを予測する想像力と関連しているものと考えます。
バウンダリーは自分と他人との間に無意識に引いている心理的境界線のことで、これがあいまいだと、心の中の大切にしなければならない部分に他者の侵入を許したり、逆に他者の心の中にずけずけと入りこんで余計なことを言ってしまったりすることになります。反対に誰との間にもあまりに強固なバウンダリーを引いていると、誰とも親密な関係を作ることができず、打ち解けることができません。
秘密を保持するためには、他者との間に適切なバウンダリーが引かれていること、そして、「これを言ったらどうなるか?」ということを予測する想像力が備わっていることが必要と考えますが、これらのことは、他者からの信頼を得て、良好な人間関係を結んでいくための大切な条件と言えます。
無理なく自分も他者も大切にしながら生きるための心得
結局のところ、精神的健康を保つには周囲の他者と良好な人間関係を結んでいくことが大切であり、無理なく自分も相手も大切にしながら人生を歩いていくための心得、コツが「精神健康を維持するために」15項目にまとめられているのだと思います。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。次回は第10から第15まで6項目をご紹介します。

コメントを残す