黄色く色づいたイチョウの木と青空

生きづらさの救い

カウンセリングルームながまち」上級心理カウンセラー  Chie

1 人の生と死と

 死について軽々に語る不謹慎をお許しいただいた上でのことですが、どのような形かは別として、生きるものはみないつかは亡くなる、という厳然という事実は、辛いことではありますが、「生きづらさ」を抱えた人にとって一抹の救いになることもあります。

 「生きづらさ」を感じる方の中には、人との関係で悩む方も多く、「親や上司の期待に応えられない」「本当の自分を見せたら、恋人や友達を失ってしまうかもしれない」「あの人はあんなに輝いているのに、自分はなぜこんな程度なの」・・等々、数え上げればきりがありません。

 でも、そうした悩みの大半を占める人間関係の要素は、1つ1つ、いずれ「消えて」しまうものです。

 「死」という究極の形でなくとも、環境の変化や時間の経過とともに、悩みの相手が遠ざかることもあるでしょう。

 しかし、人間関係で悩む方は、思考のクセが定着しているため、また新しい相手に対して、同じようなストレスを感じがちです。

 そうした負のループからなかなか抜け出せない方に対しては、よく言われる「どうせみんな死ぬんだから」という言葉は救いになるのです。
そう、どんなに悩もうが、執着しようが、いずれ、悩んでいる自分も含め、関わっている皆がこの世にはいなくなるのです。

 誰かを憎んだり、嫉妬したり、許せないと思い、そうした感情に苦しんでも、大方の対処法は「自分の何がそうした感情を生んでいるのか考えてみましょう」とか、「その人の良いところを見るようにしましょう」とか、結局は「自分の捉え方、考え方を変えましょう」ということに帰着しがちです。

 もちろん、その方法が可能ならそれは素晴らしいと思いますが、往々にして、許せない相手は変わらないままでいるのに、なぜ自分は変わらなければならないのか?と考えてしまうのが人間ではないでしょうか。

 そんな時には、あえて、自分の憎しみも、許せないという感情も「そのまま」にして、当然相手も変わらず、けれども時間の経過とともに状況が変わっていくということを念頭に置くことをお勧めします。

 もちろん、住む場所や所属する組織が変わるなど、いつのまにか物理的に離れていくということはよくあることです。

 しかし、もっと根源的に考えるとラクになるのは、「人も街並み等のモノも、この世の全ては、変わらないこと・消滅しないことは許されない」という原理を知ることです。
 
 ありていに言えば、元気そのものだった人が病気になったり、美しくて輝いていた人が容姿の衰えとともに魅力が失われたり、仕事で成功し覇気があった人が、年齢とともに追い上げられる立場になって恐れを抱く保守的な人になったりと、もはや相手が自分にとって憎しみや嫉妬の対象といった「強い感情を抱くに足らない存在」にすらなくなるということもあるのです。

時間の経過には、誰も勝てないのですから。

2 親しい人の死に対峙するとき

 時間の経過は、愛する人との別れも引き起こします。
 私は、両親とも「あの世にいく瞬間」にそばにいることはできませんでした。20年近く前に亡くなった父は、弱っていたとはいえ突然でしたし、母については、半年以上の間足しげく施設に通ったものの、知らせを受けて駆け付けた時には、眠るように息を引き取っていました。

 もちろん、ずいぶんと泣きましたし、「もう顔を見ることも、話すこともできない」というさびしさは心に痛みます。それなのに、もう一方の自分は、「動けず、食べれず、好きなことが何一つできなくなった父や母が、肉体という牢獄から解放された」ことに安堵を感じ、黄色く輝く銀杏や、きらめく川のさざ波に、父や母の魂の気配を感じて、悲しい中にも安らぎを覚えるのです。

 奇妙なことですが、私は母の遺影を抱いて火葬場を後にする時、あまりに気持ちの良い晴れ渡った空と紅葉を目にして、アルベール・カミュの「異邦人」の有名な出だしである、「きょう、ママンが死んだ。」という一文を思い出していました。

 母を亡くしたムルソーの、感情を排し、起こっている現実世界のみに対峙する生き方は、私が母の死に際して感じている、ある種スピリチュアルで感傷的な感じ方とは真逆のものです。

 それなのに、愛する人が骨になってしまった、最も悲しみが押し寄せる時にムルソーの生き方を思い出すなんて・・。

 もしかしたら、母親を亡くしたとしても、心の痛みなどみじんも感じていないようなムルソーがうらやましかったのでしょうか。

 それとも、あまりに晴れ渡った秋の光が心地よい「太陽のせい」だったのでしょうか。




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