カウンセリングルームながまち 室長 精神保健福祉士 樋口明夫
1.30年以上前にご相談を受けたAさんのこと
先日、本ブログに「自助グループの言葉④「ストップ・ナギング」」を投稿しましたが、文章を書きながら思い出される人がいました。
30年近く前、1990年代の終わり頃にご相談をお受けしていた40代の女性で、お名前を仮にAさんとします(個人が特定できる内容は書きません)。
継続的にAさんからのご相談をお受けしていたのですが、結果的に中途半端な形で中断することになってしまったため、30年以上たった今でも「あの時は申し訳なかったな」と、苦い思いがよみがえります。
その頃、私は仙台市の区役所の保健福祉センターで精神保健福祉相談員という仕事をしており、「心の健康」に関する様々なご相談をお受けしたり、精神疾患や精神障害のある方の支援をしていました。
2.夫のアルコール、暴言の問題
Aさんは旦那さんのお酒の問題でお困りになり、相談にいらっしゃいました。
旦那さんは、時々お酒が止まらなくなって、Aさんへの暴言があり、仕事を続けることができなくなって、一日中家で酒を飲んだり、ごろごろする生活になっていました。
旦那さんとの間に子どもはおらず、夫婦二人の生活でした。
Aさんは知的な印象の方で、区役所の近くでフルタイムの仕事につき、家計を支えていました。仕事の合間に、旦那さんのお酒の問題がどうにかならないか、相談に来てくれたのです。仕事柄きちんとした服装をされていましたが、表情は暗く、元気がない様子でした。
Aさんは旦那さんのお酒や暴言、働かずに一日家にいられることにほとほと困っていましたが、離婚の意思は全くなく、旦那さんがお酒をやめて立ち直ってくれることを望んでいました。
私はAさんのお話をお聞きして、旦那さんはアルコール依存症の可能性が高い、早く専門の病院に受診を勧めて、断酒していただかないと、ますます問題が進行してしまう可能性が高いな、と思いました。
そこで、私はAさんに、旦那さんにアルコール依存症の治療をしている精神科医療機関への受診を勧めることができるかお聞きしたのですが、「それはできません」と首を横に振りました。旦那さんの暴言などがますますひどくなることを恐れていたのです。
私は、Aさんが旦那さんに医療機関の受診を勧める勧め方、話し方などいろいろ提案してみましたが、どれもAさんは「難しい」と否定的な反応でした。
3.Aさんとの継続面接
一回の相談で何とかなる問題ではなかったので、旦那さんを医療機関受診に結び付けることを目的に、2週間に1回、Aさんに保健福祉センターに来ていただき、相談を継続することを提案し、Aさんもそれを希望されました。
Aさんは毎回時間をきちんと守って相談に来てくださり、旦那さんの飲酒や、生活ぶりについてお話をしていきました。
旦那さんへ受診を勧めることはその後も変わらず「難しい」との考えで、保健福祉センターに相談に行っていることも旦那さんには話せない秘密になっていました。相談していること自体が秘密なので、私が家庭訪問するなどして旦那さんとお会いすることはとてもできません。
Aさんに、アルコール依存症の人の家族の自助グループアラノンやAKK(アディクション問題を考える会)仙台などを紹介して、参加することを勧めてもみましたが、そのようなグループに参加することもAさんは望まないとのことでした。
私は、「なかなか受診につながらないな、このままAさんだけの面接を続けていていいのかな?」と思いながらも、2週間に一度のペースで面接を続けていました。
4.なぜか夫の酒量が減ってきた
ところが不思議なことに、何回かAさんの面接を続けるうちに、お酒が止まるわけではないのですが、だんだん旦那さんの酒量が減ってくるようになりました。
家でごろごろする生活に大きな変化はなかったのですが、酒量が減ると共にAさんへの暴言も減って、Aさんの話しぶりにも少し余裕が感じられるようになりました。
5.受診の突き付けを・・・スーパーバイザーからの助言
そんな時、保健福祉センターでスタッフの指導・支援をしてくださる精神科医の先生からスーパービジョンを受ける機会があり、私はAさんとの相談について、その先生に説明して指導を受けることになりました。
私の心の中に、「Aさんの面接を続けることで、旦那さんの酒量が減ってきた。先生から関りをほめてもらえるのではないだろうか?」という気持ちがあったことは否定できません。
しかしながら、先生の言葉は厳しいものでした。「旦那さんはアルコール依存症の可能性が高い。アルコール依存症は進行性の病気で、受診して断酒しなければ、死に至ってしまう。このまま漫然とAさんの面接を続けていても、問題を放置するだけだ。Aさんから旦那さんに受診を強く勧める働きかけをしてもらう必要がある。それをしないのであれば、保健福祉センターでのAさんの面接を打ち切るくらいの強い覚悟で接しなさい。」と厳しく「指導」をされたのでした。
今の私でしたら、「先生、そうは言っても」と反論するか、特に反論せずにそのままAさんとの面接を続けたかもしれませんが、その頃の私は「素直」だったので、「そうだな、先生の言うとおりだ。」と考えてしまいました。
6.そして継続面接の中断
先生からの指導があった次の面接で、私はAさんに対して、今までにない強い言葉で、旦那さんに対して依存症治療の専門医療機関への受診の「突き付け」をすることを勧めました。
Aさんは少し戸惑った様子で、これまでどおり、「それは難しい」と拒否されました。
私は先生に言われたとおりに、「ではしばらく面接を休むことにしましょう。何か変わったことがあったらまた来てください。」とAさんに話し、その日がAさんとお会いした最後になりました。
その後Aさんと旦那さんがどうなったかは全くわかりません。
7.考察①-ハーム・リダクション
私がAさんと面接していたころから30年近くが経過しましたが、この間、アルコール依存症の人やそのご家族の支援で変化してきたことは様々あります。
私がAさんの面接をしていた約30年前は、「断酒至上主義」のような考え方が主流で、「とにかく医療機関と自助グループにつなげないと回復はない、回復するには断酒しかない」みたいな一本道の回復ルートしかなかったのでした。
私のことを指導してくださった精神科医の先生も、当時の「常識」に従って私を指導をされた訳で、時代の制約はいつの時代にもありますから、先生を責めることはできません。
近年アルコール・薬物などのアディクション支援の世界でよく聞かれるようになったキーワードの一つが「ハームリダクション」です。日本語に訳すと「健康への悪影響の低減」くらいの意味です。
アルコール依存症になってしまうと、飲酒に関するブレーキが壊れてしまい、飲み始めたお酒を適当なところで切り上げることが難しくなります。この壊れたブレーキは現在の医学で治すことができないので、節酒することは難しく、長期の断酒を続ける中で回復を目指します。このことは今も昔も変わりません。
しかし、医療の側が「あなたは断酒するしかありません」一辺倒だと、受診のハードルが上がり、受診に至らない人、治療からドロップアウトしてしまう人が出てきます。
このため、本当は断酒が望ましいということを理解しつつも、心身の健康への影響が大きい大量飲酒から、少しでも量を減らすことをとりあえずの目標とすることも考えられるようになってきました。
このような「ハームリダクション」の考え方を採った場合、Aさんの継続面接によって旦那さんの酒量や、Aさんへの暴言減ってきたのであればまずまずOKということになります。
なぜ旦那さんの酒量や暴言が減ったのか、Aさんに聞いたことがあったかもしれませんが、よく覚えていません。おそらく、Aさんと旦那さんの間で交わされる様々なコミュニ―ケーションのうちの何か大事な部分が改善されたのではないかと推測します。
8.考察②-対話主義と不確実性への耐性
もう一つ、Aさんの面接を振り返って思い出される言葉が「対話主義」と「不確実性への耐性」です。
この二つは以前本ブログにてご紹介したオープンダイアローグの7原則の中にある言葉です。
フィンランドのケロプダス病院という地方の病院で始められたオープンダイアローグが日本に紹介されたのは今から約10年前なので、Aさんの面接をしていたころには、日本では誰も知らなかった言葉、考え方です。
| 「対話主義」の考え方 | 対話することは何かの手段ではなく、それ自体が目的であり、解決はその先に現れるものである |
| 「不確実性への耐性」の考え方 | 結論を急がない。すぐに解決したくなる気持ちを手放す。葛藤や相違があったとしても、その場にいる人々の多様な声を共存させ続ける。対話を続ける中でこそ、そのクライアントと家族ならではの独自の道筋が見えてくる。 |
(「対話実践のガイドライン」オープンダイアローグネットワークジャパンHPによる)
この二つの考え方を通して、Aさんとの面接を振り返ると、「あれでよかった」と思える面と、「こうしていればよかった」と思える面が見えてきます。
よかった面としては、1回の面接で旦那さんを医療機関受診に結び付けることが難しかったとしても、「とりあえず」面接を続けることにして、Aさんからもその同意がいただけたことです。
この先どうなるか見えなくても、結論を急がずに「とりあえず」面接を続けることができた点はよかったし、その中でAさんを悩ませていた旦那さんのお酒の問題や、暴言が完全になくならないまでも、改善していったことはよかったな、と思います。
一方、「こうしていればよかった」と思える面は、結論を急ぎ過ぎて、当事者であるAさんが「難しい」と考えていた旦那さんへの受診の働きかけ(治療介入)を無理強いし、面接を打ち切ったことが第一です。
それと、もう一点、面接を継続する際は、「旦那さんを医療に結び付けるため」など、目的をはっきりさせることにことさらこだわらず、「対話を続けることを目的とする対話」を続けてもよかったのかな、とも思います。
もちろん、永遠に続く対話はありえませんので、クライアントのつらさ、ストレスが軽くなり、「もうこの人(カウンセラーなど相談をお受けする人)は、私には必要ない」と思えるようになるまで続くことが理想です。
9.まとめ
昨年の春に、私が事務局を務めさせていただいている宮城県アディクション問題研究会で、研究会代表の石川達(とおる)先生が「「本人(患者さん)を連れてきてください」と家族に話す治療者はそれだけでアウト」とおっしゃっていました。
簡単に患者さん本人を連れてこれるくらいだったら、家族は苦労しません。これはアルコール依存症等アディクション(嗜癖、依存症)の場合はもちろん、いわゆる「ひきこもり」の人の場合などでも同じことが言えます。
まず、ご家族の継続カウンセリングから始めて、ご本人への治療・カウンセリングの勧め方について話し合い、うまくいく場合も多いですが、なかなか難しい場合もあります。
なかなか難しい場合でも、ご家族が相談・カウンセリングを続ける中で、ご本人の問題が改善していくことがあるのが、家族関係の面白いというか、不思議なところです。
当<カウンセリングルームながまち>では、「本人」にいらしていただくことが難しい場合、まずご家族からのご相談をお受けし、対話を続けていく中で、少しでも状況が改善し、ご家族もご本人も少しでも楽になる道を一緒に探っていくこととしております。
(参考文献等)
・「アルコール依存症治療革命」成瀬暢也氏 2017年 中外医学社
・「対話実践のガイドライン」オープンダイアローグネットワークジャパンHP
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