福岡氏スライド1「薬物使用は症状」

生きている意義  ― 宮城県アデイクション研究会令和8年2月例会(テーマ:薬物依存症)から ―

1 薬物は心の痛み止め。

 令和8年2月の宮城県アディクション研究会例会では、長く薬物依存症に苦しみ、回復を目指す仙台ダルクの方からお話をいただきました。

 困難な家庭環境に育ち、孤独感に苦しみ、覚せい剤に手を染めてしまって、借金、生活破綻、離婚・・。深刻な依存症を抱える方々には、こうした苦しい人生の道のりを歩まれるケースが少なくありません。

 印象的だったのは、「薬物使用は生きづらさの一つの症状である」こと、使用を継続するうち、約束を守れない、人間関係がうまくいかなくなる、など生活も人との関係も破綻し、ますます孤独になっていくのに、その孤独を埋めるために更に薬物が必要になる」という負のスパイラルが続くこと、そして、自分を害する薬物こそが、叫びたくなるほど辛くて苦しい心の痛み止め、麻酔になるという言葉です。

 お話を聞いていても、スピーカーの方のヒリヒリする心の痛みが伝わってくるようで、たしかにこの痛みを止められるものがあれば(この場合は薬物)、何が何でも手をだしたくなる、という心の動きは容易に想像できる気がしました。

2 自分が生きる意味って必要ですか

 そしてもう一つ印象に残ったのは、お話の核心とは少しずれるかもしれませんが、スピーカーの方の親戚など周囲には昔から優秀な方が多く、自分も親御さんから優秀であることを期待され、一方でそうではない自分に生きる意味が見いだず苦しかった、というお話です。

 当カウンセリングルームでカウンセリングにも、「こんな自分に、生きる意味が見いだせない」と訴えるクライアントがいらっしゃいます。

 一般的には「そのままのあなたでいいのよ」とか優しく語るのでしょうが、私はけっこう直球型なので、「自分の意思とかかわりなく気がついたらこの世に生まれてきて、死ぬまでは生きている、要はそれだけのことなのに、生きる意味って、必要なんですかね?」とか言ってしまうことがあります(もちろん、時と場合によります)。

 かくいう私も、若い頃は、「自分が生きる意義、意味」みたいなものを探していました。おそらく、「他の誰でもない、何者か」になりたかったのだと思います。

 でも、残念ながら、年齢を重ねていけば、自分は、どこといって取りえもない平凡な存在で、「自分が生きる意味」を探すこと自体が無意味、というか傲慢、とすら思うようになりました。

3 名刺のない「タダの人」でもうまく生きるために 

 「自分が生きる意味を探して、何者かになろうともがいても、あまり意味がないのかもしれない」と、実感を持って納得できるようになったのは、「若い頃、頑張って身に着けた能力、体力、人脈などは、年を取ると遅かれ早かれ失われていく。そんな時期が来たときに、できないこと、肩書がないこと、部下だった人も寄ってこないことを当然のごとく受け入れ、上手に手放していける人のほうが、失うことにジタバタする人よりはるかに立派に見える」と実感した、もう1つの経験があります。

 特に前職は大きな組織でしたので、「かつて偉かった人」を仕事上、たくさんお見掛けする機会がありましたが、「名刺や肩書がなくとも楽しく生きていける人」「役職というアイデンティティにしがみつく人」、さらには「役職を失い、身体機能も衰えて下の世話まで他人にしてもらっているのに、、なぜか心は偉いままで命令口調の人」などに分かれる実態を目にしてきたことも大きいと思います。

 その経験を踏まえて、自分でよく言ってしまうことなのですが、「山に登ったら下りなければならないように、人も高い役職という木に登ったら、そこから上手に下りていかなければならない」のです(最も、頂点を極めたままあの世に逝く方もいらっしゃいますが)。

 親御さんは、子どもに優秀になり、社会的地位を得ることを期待しますが、いつかは年老いてその地位から離れ、「タダの人」になった時に、上手に移行していくことまでは教えません(子育て中の親御さん達だって、そんな年齢に達していませんし)。

 生きることの意義を求めて頑張って、それが張り合いやエネルギーになるなら、良いことだと思います。しかし、もし生きる意味を求めることが苦痛の上に成り立っているなら、それこそ意味がないので、「死ぬまでは生きる」ぐらいに考えたら良いのではないでしょうか。

 そして、どんなに優秀で、偉かった人でも、人々はすぐに忘れていきます。優秀になって社会的地位を得て、安定と幸せを手に入れられるなら、それはうれしいことですが、特段優秀でなくとも、超高齢になれば、多くの方の、個人としての能力にさして変わりはありません。
 (もちろん、それまでお金を稼いでいれば、受けられる医療や入れる高齢者施設のグレードは違ってくるでしょうが・・)。

 あえて苦しむぐらいなら、「生きる意味」など特にない、と最初から探し求めなければいいし、優秀さ・何かに卓越した能力を追求しても、人生の晩年の能力は概ね皆一緒です。

 それなら、あまり自分を追い詰めないで、こんなミもフタもない考え方を取り入れしまったほうが、生きていく上では得策かもしれません。
 

カウンセリングルームながまち 上級心理カウンセラー Chie

福岡氏スライド2「薬物とは心の痛み止め」

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