タチアオイの花

平安の祈り

カウンセリングルームながまち 室長 精神保健福祉士 樋口明夫 

神様、私にお与えください
自分に変えられないものを受けいれる落ち着きを
変えられるものは変えていく勇気を
そして、二つのものを見分ける賢さを

平安の祈り(The serenity prayer)

1.自助グループで受け継がれてきた祈りの言葉 

「平安の祈り」はAA、GA、NA、ACODAなど、アディクション(嗜癖≒依存症)からの回復を目指す自助グループに参加したことがある方にとっては、おなじみの祈りの言葉です。ミーティングの中で、声に出して唱えられたり、グループのハンドブックに掲載されていたり、この祈りの言葉を心の支えにして人生の危機を乗り越えてきた方はとても多くいらっしゃいます。

 一方、自助グループに参加したことのない多数の方にとっては、あまりなじみがないかもしれません。

 いきなり、「神様」から始まるので、宗教のような感じがして、抵抗を感じる方もいらっしゃると思います。

 この「神様」は、もともとはキリスト教の神を指していましたが、全世界の様々な自助グループで唱えられる間に、キリスト教など特定の宗教の神様ではない、人間を超越した霊的な存在と認識されるようになって今に至っています。

2.変えられないもの、変えられるもの

 「変えられないもの」とは、自助グループに通っている依存症者(addict)であれば、まずはアルコール・薬物依存症、ギャンブル依存症、摂食障害などそれぞれの病気であり、依存症の人と暮らすご家族であれば、変えられないのは依存症の人となります(アルコール依存症などアディクションは糖尿病などと同じく、完全な治癒が難しい「慢性疾患」で、付き合っていかなければならない病気)。

 アディクションを持つ人に限らず、人によって悩みは様々。その人にとっての「変えられないもの」を受け入れることには葛藤が付きまとい、 「変えられないもの」を「変えられない」と認識できるまでには、「苦しみ」を潜り抜けた先の「哀しみ」にまで至る必要があります。

 「過去と他人は変えられない」という言葉も、自助グループでよく話される言葉。グループにつながった多くの人が、この言葉を心の中で唱えながら回復の道を歩んでいます。アディクションを持つ人だけでなく、誰にとっても過去と他人は変えられません。変えられない他人を、変えられると思い込むことによって、多くの人間関係のトラブルが起こっています(例:DV、パワハラ)。

 一方、「変えられるもの」は何かと言えば、まずは「自分」ということになります。「過去と他人は変えられない」の次には「変えられるのは自分だけ」の言葉が続きます。なんでも思い通り変えられるわけではないですが、少なくとも「他人」に比べれば、変えやすい部分が多いと言えます。

 お釈迦様の時代から変わらず、人は生老病死の苦しみから逃れることができませんが、少しでも充実した、幸せを感じられる人生を取り戻すために、自分の中の「変えられないもの」と「変えられるもの」を見分ける賢さと、変えられるものを変えてゆく勇気を手に入れたいものです。

3.多くの人の回復を支えてきた「平安の祈り」

 一度どん底を経験して、そこから立ち直りつつある多くの人たちを長い間支えてきた自助グループでは、底知れないパワーを秘めた言葉が受け継がれてきました。アディクションのあるなしに関わりなく、生きる中で誰もが感じる辛さや苦しみを乗り越えようとするとき、「平安の祈り」が多くの人の助けになるのではないかと思います。


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“平安の祈り” への4件のフィードバック

  1. […]  先日当ブログにて「平安の祈り」について投稿いたしましたが、他にも私が自助グループの中で教わり、その後心の支えにさせてもらってきた言葉を、時々ご紹介させてもらいます。 […]

  2. […]  S(大文字のS)はストレス、pは予測、dは要求、s(小文字のs)は支援を指します。ストレスの量、つまり我々の感じる精神的辛さ、しんどさは、p(予測;どのくらい先の見通しがつくか)、d(要求:どのくらいを望むのか)、s(支援:周囲からのサポート)によって決まると、宗像先生は言われていました。 置かれた状況の中で、先の見通し(p)がつくようになるとストレスは軽減する、要求水準(d)を下げるとストレスは軽減する、周囲から多くのサポート(s)が得られるとストレスは軽減する、ということなのです。  先の見通し(p)がつかないと、「いつまでこの苦しさが続くのだろうか」と考え、絶望的な気持ちになりがちです。しかし、先日本ブログにてご紹介した「これもまた過ぎ去る」という言葉が示すとおり、永久に続く苦しみはありません。だから、なるべく見通しがつきやすいようにと考え、その時その時で自分が話せることをお伝えしてきました。 また、親や学校の先生からの刷り込みで、「やればできる」、「頑張ればなんとかなる」と考えてしまい、できない自分を責めていることがあります。しかし、「平安の祈り」の言うとおり、世の中には変えられるものと、変えられないものがあります。要求水準(d)を下げて、ほどほどのところで手を打つ方が現実的なことは少なくないです。 さらに、支援(s)は多い方がうまくいくことが多く、結果としてストレスが軽減しますので、まだ使える制度や社会資源はないか一緒に考えてみたり、こちらからご紹介したり、自分が相手にできることがないか考えて提案します。世の中の対人援助職には「支援すぎると、人は依存的になる(のでよくない)」と考える人がいますが、人は人に依存したり、依存されたりしながら生きていくもの。支援は多い方がよいのです。 […]

  3. […]  これまで、本ブログにて、自助グループの言葉「平安の祈り」、「これもまた過ぎ去る」をご紹介いたしました。今回は「HALT(ホールト)」をご紹介します。 […]

  4. […]  これまで、本ブログにて「自助グループの言葉」として「平安の祈り」、「これもまた過ぎ去る」、「HALT」をご紹介しました。 これまでご紹介しました3つの「言葉」は、いずれも […]

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