「カウンセリングルームながまち」上級心理カウンセラー Chie
1 嫉妬と妄想
私達は、多かれ少なかれ他人に嫉妬します。
かつて人気を博した芸能人が、容貌や人気に陰りを見せると「表舞台から消えた芸能人」などとネットで取り上げられ、形をかえて再び注目を集めるのは、「栄華を極めた人が失墜する」のを見ることが、多くの人にとって快感だからであり、「特別な人」への嫉妬が心の根底にあるからかもしれません。
恋愛に関してはより深刻になるパターンも多く、根拠のない、あるいは誤解からくる疑念に取りつかれ、愛する人を束縛したり監視してしまう状態は、「オセロ症候群」とも言われます(有名なシェイクスピアの悲劇「オセロ」に由来する呼び名です)。
「オセロ症候群」までいかなくとも、私達は嫉妬を感じる時、ヴェネツィアの将軍オセロが、愛する妻デスデモーナの貞節を疑い、有能な副官キャシオーに奪われてしまったと思い込んだように、自分にとって大切な人やものが奪われてしまう(奪われてしまった)のではないか、という恐怖や焦燥感、自分が欲しくてたまらないものを持っている相手に対する怒りといった、ヒリヒリする感情を抱いています。
けれども、たいていの場合、「オセロ」ほど状況は劇的ではありませんから、嫉妬する相手の悪口を集団で言ってみたりして(これはこれで陰湿ないじめにつながってしまいますが)、嫉妬心をごまかしながらやり過ごしています。
それほど、自分の嫉妬心をまともに感じるのは、辛くて心が痛いことなのです。
そしてやっかいなことに、嫉妬心というのは、一度感じるとなかなか心から離れてくれず、暴走します。
「オセロ」に登場する、オセロがデスデモーナの不貞を疑うきっかけとなったハンカチのように、1つのきっかけとなる「証拠」さえあれば、脳は次から次へと証拠集めを始めます。愛する相手を疑ったり、嫉妬の対象となる相手より自分が劣っているという証拠を、人々の何気ない言葉やしぐさなど、とるに足らないことから拾い出し、自分を苦しめ続けるのです。
2 嫉妬することの苦痛
よく、自分に自信がない人、人と他人を比べてしまう人は嫉妬深くなりがちだといいますが、私も自分に自信がなく、人と自分を比べて落ち込む性格なので、嫉妬を感じる痛みは、それこそ痛いほどよくわかります。
「勉強しかできない子ども」と親から言われて育ってきたため(田舎の学校なので競争相手が少なく、勉強はできるほうだったのです。それにしても、ひどい言い方だと思いませんか?今なら、勉強ができるならいいじゃん、贅沢言うな、と言い返せますが、そうなった頃には親は亡くなるか年老いています)、大学生まで勉強が多少できること以外は全て自信がなく、大学に入ると私程度の学力の学生は普通にいるので、私は「何もない人」になってしまいました。
そして、30代で難病を患い、疲れやすく思うように動けなくなってからは、それまであまり意識しなかった、元気で体力があり余るほど活発に動ける人達に嫉妬を感じるようになりました。
自由に走ったり好きなところへ行って思う存分楽しめる体力、運動能力が、それができなくなった自分には、欲しくてたまらないものとなったからです。また、そうした能力がもたらす人との関わりや楽しさすらも、もはや自分には味わえないものとなり、当たり前に享受している人達がうらやまく、自分がみじめに思えたのです。
3 自分にとって大切なこと
一方で、そんな私も、学生時代に、ある女子学生から、嫉妬からと思われる意地悪い行動を受けたことがあります。
私は、大学1年生の時は、女子寮のような下宿に住んでいたのですが、同じ下宿にたまたま、同じクラスの、東京の有名女子高校の出身で、親が大学教授だという女子学生が入っていました。
夕食時になると、彼女を中心とする関東圏出身の女の子達が中心となって食堂でおしゃべりしていて、私が入っていくとピタッと話をやめる、私の服を上から下まで眺める、など、露骨な苛めのようなふるまいでしたが、私はそういう点では鈍感だったのか、バイトと奨学金を得るためにそれどころではなかったのか、あまり気にとめてもいませんでした。
あるとき、同じクラスの仲の良い友達が、「〇〇(東京出身の彼女)って、会うと必ずあんたの話してくるよ。それも悪口とか噂話ばっかりで、嫌になっちゃう」と教えてくれたので、なんとなく気がついてはいたけれど、彼女は私のことを何か気にくわないんだろうなあと思いはしました。
それなのに、夕食後の夜、私が部屋に一人でいると、件の女学生〇〇は「ちょっといい?」と言いながら入ってきて、「今日は、△△君たちの車に乗って十和田湖まで行ってきたんだー」とか、尋ねてもいない自慢をするのです。
私は、「十和田湖?遠いねー」とか言いながら、適当に話を合わせて聞いていましたが、おそらく、彼女がただ私を嫌っているだけだったら、会う人ごとに私のことを悪く言うのに、一人の部屋を訪ねてきて話をするなどといった矛盾する、エネルギーが必要な行動をとらなかったと思います。
それが何かはわかりませんが、私は、彼女が欲しくてたまらないものを持っていたのかもしれません。
田舎者で特別に美人でもなく目立つ存在でもない、こんな私の何に嫉妬していたのか、今でもわかりませんが、当時の彼女自身にも、自分の行動の源にある感情が、よくわかっていなかったのかもしれません。
嫉妬は苦しく辛いものです。
自分に自信をもちなさい、人と比べるのをやめなさい。
嫉妬をやめるための大原則ですが、嫉妬に苦しむ人にとってなんて難しいことを言うのでしょう。
そんなことができる人は、嫉妬心を持つことはあっても、その感情で非常に苦しむという経験まではしていない、根底に自分に対する自信、あるは自己肯定感をもっている人ではないでしょうか。
大学時代の彼女の行動で思い当たるとおり、嫉妬の感情は愛情や憧れと憎しみが入り混じったものであり、愛情や憧れといった、それだけを取り出せばプラスの感情がベースになっているものです。
嫉妬が深くて苦しいということは、その対象となる相手や美点への愛情や憧れが強いということ。
きっと、苦しんでしまうほど、憎しみの部分も含めた感情全体が大きいのです。
「嫉妬」という感情は、ただでさえ苦しいものです。
そんな自分を冷笑したり、さらにいじめていっそう苦しめる必要はないのです。

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