カウンセリングルームながまち玄関のバラの花

市販薬のオーバードーズ

カウンセリングながまち 室長 精神保健福祉士 樋口明夫

1.中学生の市販薬オーバードーズは55人に1人(厚労省の調査)

 今年のお盆の頃の新聞に、せき止め、鎮痛解熱薬など市販薬のオーバードーズ(OD、過剰摂取)を経験した中学生が55人に1人と推定されるとの厚生労働省の調査結果が掲載されていました。55人に1人だと、大体2クラスに1人くらいになりますね。経験した割合は、男子よりも女子の方が多い調査結果でした(女子2.0%、男子1.5%)。

 乱用経験のある生徒は、ない生徒と比べて「学校が楽しくない」「相談できる友人がいない」「悩み事があっても親にはほとんど相談しない」と回答した割合が高く、乱用経験がある生徒の21%が「生きづらさ」を「かなり感じている」と回答しています。

 市販薬の乱用は犯罪になるわけではないので、乱用のハードルが低い面があります。2020年の統計ですが、全国の精神科医療機関で薬物依存症の治療を受けた十代の患者のうち、 主たる使用薬物が市販薬であった人は56.4%に上っています(厚労省HP)。

2.どうしたらよいのか?

 私が読んだ新聞記事には、「ではどうしたらよいか」という対策の記載はなく、記事の最後に今年5月に医薬品医療機器法が改正されて、ドラッグストア等での乱用の恐れのあるせき止め薬などの若年者への販売が1個に制限されるようになったということが書かれていました。せき止めを売っているドラッグストアは都市部であれば何軒もありますし、これでODの問題が終息すると考える人はいないでしょう。

 同じ時期に、ネットのヤフーニュースにも同じ内容の記事が出ていましたが、コメント欄には、孤独や生きづらさなど昔からあった(または誰にでもある)、SNSやネットで何でも情報が得られることがよくない、一時的に辛さから逃げても何にもならない、など「説教口調」の意見が多く、こういう言葉はODをしている中学生には絶対響かないだろうな、と感じました。

 では、もしODをしている人に接する場合、どのように接するのがよいのでしょうか?

3.アディクションアプローチで考える

(1)「やめろと言うのは、やれと言うのと同じこと」

市販薬にしても違法薬物にしても、1回乱用しただけでは依存症(アディクション)とみなすことはできませんが、もしそれを繰り返しているとしたら、アディクションと考えられますし、そのように考えて対応した方が回復につながりやすいと考えます。アルコール依存症の回復支援の世界では昔から、「飲むなと言うのは、飲めと言うのと同じこと」と言いますが、ODについても「やめろと言うのは、やれと言うのと同じこと」です。

(2)耐えがたい苦痛から逃れるための「自己治療」

 市販薬にせよ、違法薬物にせよ、薬物依存・乱用には「快感・快楽を求めてやっている」という誤解がありますが、むしろ「耐え難い苦痛から逃れるためにやっている」ということを理解することが大切です。耐え難い痛みを癒すために、長い目で見れば自分自身を傷つけることを繰り返すのです。このような見方を「自己治療仮説」といいます。

(3)問題(とされる)行動は「メッセージ」

 また、「問題」とされる行動は「メッセージ」と見ることもできます。言葉では言えないこと、場合によっては本人が意識することすらできない感情を、行動で表現しているのですが、そのメッセージはわかりにくく、伝わりにくい形で発せられます(パラドックス語と言われることもあります)。周囲の大人たちは、よく心の耳を澄ませて、本人が何を訴えようとしているのか、何に困っているのか読み取る必要があります。

 もしODを繰り返している子がいた場合、「本人の訴えたいこと」は「自己治療仮説」を踏まえると、ほとんどの場合「つらい」、「助けて」のメッセージと考えて間違いないところ。話ができる関係を作って、家庭環境や学校生活の中でつらいこと、困っていることがないか、何か助けになれることがないか、本人の話を否定せずに聞いてみること、本人のいいところを見つけて、ポジティブな言葉をいっぱい伝えることが大切です。

(4)つながりの回復、ネットワークでの支援を

 アディクションは孤独の病とも言われますが、話ができる関係はそれ自体が治療的。ODなどを行っている本人を孤立させず、身近な人がしっかり本人の話を聞くこと、必要な場合は学校のスクールカウンセラーや相談機関、医療機関につないでいくことが大切です。児童虐待や、いじめ、性被害等の重大な問題は、問題をオープンにして、機関連携の中で解決すべき問題です。安全なくして回復はありません。

4.子どもの話を聞こう

 ヌーヴェルヴァーグ時代のフランス映画の名作にフランソワ・トリュフォー監督の「大人は判ってくれない」という映画がありましたが、ヤフーニュースのコメント欄に書き込まれた大人たちのコメントは、ODをしている子どもたちにはどのように感じられるのでしょうか?きっと「判ってくれてない」と感じるのではないでしょうか。

 しかし、そんな大人たちにも子どもだった時代があったはず。ODの記事を読んで、子どもの身になって話をしっかりと聞き、気持ちを受け止めた上、大人として変えられることはしっかりと変えていくことが大切と、改めて考えました。
(写真はカウンセリングルームながまち大家さんからいただいたバラの花。玄関に飾りました。)

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