カウンセリングルームながまち 室長 精神保健福祉士 樋口明夫
1.11月6日宮城県アディクション問題研究会に参加しました
11月アディクション研は、研究会を昭和56年に立ち上げ、45年以上の長きにわたって事務局を務めてこられた加藤裕子(ひろこ)氏より、「時代と共に歩んだ精神保健活動」のテーマでお話をいただきました。
会場はいつもどおり仙台駅近くのアエル仙台28階、エルソーラ仙台研修室です。開始時間の18時半ごろには肌寒さを感じるようになり、会場からの夜景が美しい季節となってきました。
今月も私が司会を務めさせていただきました。
2.昭和40年、仙台市の精神保健業務の草分け
加藤氏は、昭和40年(1965年)に、仙台市初の「精神衛生相談員(現精神保健福祉相談員)」として保健所に配置されました。
昭和39年(1964年)のライシャワー事件(*)の影響で、精神衛生法(現精神保健福祉法)が改正されて保健所が精神保健の第一線機関と位置づけられるようになり、保健所の体制が強化された一環でした。
その頃の保健所は、結核対策と乳幼児死亡対策が主要業務で、手探りで始まった精神保健業務について、ベテランの保健師は「結核対策がスタートした時と一緒だね」と話していたそうです。
当時は、精神科の医療機関も少なく、精神疾患、精神障害への偏見も今より強く、座敷牢のようなところに閉じ込められていた障害者の方も多かったとのこと。治療が受けられず幻覚妄想などの症状が強まった人の対応には危険も伴ったが、「「女の人はだめだ」と言われたくなかった」という加藤さんの言葉に、当時の空気が感じられました。
※ライシャワー事件 1964年3月、米国駐日大使ライシャワー氏が、19歳の日本人青年に刺され重傷を負った事件。加害者は精神科受診歴があった。日本政府や国民に大きな衝撃を与え、「精神障害者が野放しにされている」との世論から、精神衛生法が改正された。保健所職員による在宅の精神障害者への訪問指導が強化されるなどしたが、社会防衛的な色彩が強く、世界的な潮流に反して精神科病院への入院者の増加や、入院の長期化につながる契機ともなった。
3.「何もないところから作ってきた」
精神障害のある人やご家族のための社会資源が何もなかったから、加藤氏は一緒に精神保健業務を担った同僚の相談員、保健師と話し合って作っていくしかなかったとのことでした。
薬づけにされて、何もすることなく自宅で過ごしていた精神障害者の人たちも、保健所に来てもらって、小集団活動をする中で元気を取り戻していったり、当事者にどう関わったらよいかわからず困っていた精神障害者や認知症の人の家族に保健所に来てもらい、家族会を始めたり。認知症の人のご家族は「話を聞いてもらっただけで助かった」と話していたそうです。青葉区三居沢に作られた共同作業所(現パル三居沢)など、新しい社会資源が作られていった時代でした。
また保健所が精神保健に関する啓発事業としての講演会を初めて実施したのは昭和45年で、この時のテーマは「精神障害者の現状と対策」だったそうです。このような心の健康に関する講演会は、現在まで仙台市精神保健福祉総合センター(はあとぽーと仙台)や各区の保健福祉総合センターに引き継がれて開催されています。
現在まで受け継がれている事業や、形を変えて続いている事業もあり、加藤氏や当時草創期の精神保健業務を担われた方々の先見性が感じられましたが、提案しても上司から認めてもらえず苦労した体験もお話しいただきました。
4.アルコール依存症の人の回復支援について
当時は酔って保健所など市役所の庁舎で大声を出したり、包丁を持ちだしたりするアルコール依存症の男性が多く、家庭訪問して支援しようとしても、酔っていてどうにもならないことが多かったそうです。
入院させてくれる病院もなく困っていたところ、東北会病院で石川達(とおる)先生がアルコール依存症の治療を開始し、加藤氏と石川医師の二人が中心となって宮城県薬物問題研究会(現宮城県アディクション問題研究会)を立ち上げたとのこと。
東北会病院での専門的な治療と、県内でも活動が始まった断酒会やAAなど自助グループの活動によってずいぶん助けられたとお話しされていました。
5.新しい社会資源を作る、ネットワークの中で支援するソーシャルワークの機能
加藤氏は、宮城県、仙台市におけるPSW(精神科ソーシャルワーカー)の草分けとして、多くの当事者、ご家族、関係者と連携しながら、精神保健に関わる各種事業の推進に長年尽力されてきました。仙台市役所退職後、現在も東北会病院のデイケアでスタッフとして支援に当たられ、立ち上げに関わった児童虐待防止ネットワークみやぎ(キャプネットみやぎ)の運営委員、アディクション問題研究会の事務局を務めておられます。
「使命感に燃えていた」と言われていましたが、新しい社会資源を作っていったり、地域に社会資源が少ない中で多くの困難を抱えた人を支援していくことは、並大抵のことではありません。
加藤氏のお話の後の参加者からの「一人一言」の中では、「人と人との関係を見ていく」、「ネットワークを作って、その中で支援していく」ソーシャルワーク、ソーシャルワーカーの意義について言及される方、加藤氏のこれまでの取り組みへの「感謝」の言葉をお話しされる方が多くいらっしゃったのが印象的でした。
研究会終了時には、常連の参加者からの花束が加藤氏に贈られました。加藤様、貴重なお話を本当にありがとうございました。


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