ベネチア大運河

ワクワク・ドキドキって、なに?

  カウンセリングルームながまち」上級心理カウンセラー  Chie

1.ワクワク・ドキドキという言葉の氾濫

先日、新聞の投稿欄を見ていたら、ある著名人の方のコラムに、「ワクワク・ドキドキする気持ちが大切」といった言葉がありました。

「ポジティブ思考」などメンタル面を上向きにさせるノウハウや、「幸せの引き寄せ」などのスピリチュアル系の本、果ては、超高齢社会の要請か、「いつまでも若さを失わないために」といったテーマの講演・著作などにも、「ワクワク・ドキドキ」は本当によく見られるフレーズです。

2 ワクワク・ドキドキしたいけれど

この言葉を見るたび、私は「またか」と思い、みんなそんなに、「ワクワクドキドキ」を感じる機会があるのかなあ?と不思議に思ってしまいます。

自分が「ワクワクドキドキ」した経験を思い返してみると、すぐに思い浮かぶのは、海外で初めて訪れた国に降り立って、見知らぬ街並みやお料理や異国の文化に触れたときです。

海外旅行は、英語もおぼつかないくせに添乗員さんのいないフリー旅行で行くので、準備段階からワクワクドキドキしますし、トラブルに遭遇すると対処するのに泣き出したくなるような目にあいます。

でも、こうした経験をしていた時、自分は間違いなく「ワクワク・ドキドキ」していたなあと思えます。

それ以外で、と考えると、うーん・・

「楽しかった」「ちょっと高揚感があった」と思えることはもちろんありますが、「ワクワク・ドキドキ」と表現できるほどの思い出がパっと思い浮かびません。

心が、沸点が高くてなかなか沸騰しない液体のようになっているのでしょうか。

3 心躍る体験に挑戦できる理由

「ワクワク・ドキドキ」を感じた体験を思い返すと、私にとっては、「未知で、魅力的で、挑戦的な要素があり、非常にひきつけられる」ものでした。

失敗をするかもしれない挑戦(政治情勢に巻き込まれて帰国できないとか、トラムの切符の買い方がわからず乗車して駅員に罰金を取られるとか、道に迷って予約した時間に大幅に遅れ、レストランのスタッフから容赦なくイヤな顔をされるとか)は、知らない土地、特に文化が全く違う外国だから、自分を知る人などいない場所だからこそ躊躇なくできるというところがあります。

10月13日はフィンランド発祥の「失敗の日」で、島根県隠岐島前高校が「失敗の日」をイベントとし、学校行事として失敗を共有し称え合う活動をしていることはユニークで感銘を受けましたが、1人ひとりの「個」の意識が弱く、同調圧力が強いこともあって、日本ではまだ「失敗することは怖い、恥ずかしい」という風潮が強く、私も例外ではないのです。

余談ですが、私が夫とともに事務所を開設する時、最も多くかけられた言葉は「大変でしょうが、成功を祈っています」でした。

ありがたい言葉ですが、私自身は、「組織に残る道を選ぶ同僚たちと異なり、事務所を作るという、自分の人生の中での新しい経験を選んだだけ」という気持ちだったので、「私はそんなに大それたことをしているのか?」と、いただく言葉自体に、多くの方が根底に持つ失敗を避ける気持ちを汲み取り、違和感を感じていました。

4 小さな喜びを拾える生活と感度

「ワクワク・ドキドキ」という言葉も、おそらくは「小さな驚きやちょっとしたうれしいことを見逃さないで、大切にしていきましょう」という意味も込められているのだとは思いますが、あまりに使われすぎていて、基本的にネガティブな私には「お腹いっぱい」な感じがします。
海外旅行のような非日常的なことでもない限り「ワクワク・ドキドキ」しない自分がつまらない人間にも思えてきます。

日常生活でそんな体験を頻繁に追い求めていたら、日常生活自体が不安定なものになってしまうでしょう。

それに、そんなにしょっちゅうワクワクドキドキしていたら、心臓にも悪いです。

少なくとも今の私には、「小さな驚きやちょっとしたうれしいこと」が起こるだけの仕事や人間関係のある日常生活を送ること、そしてそれを感じる心の感度を保つとことのほうが、当面は大切かなと思います。
多くの人の場合、遠い異国や富士山を登るようなワクワクドキドキ体験は、一生に数回あるかないかだとしても、香りのよい入浴剤でも入れてゆっくりお風呂につかったり、友人と他愛のないおしゃべりをすることは日常生活の中でできることです。

小さな楽しみを維持し、感じる感度を保っていくことは、年齢を取るとできなくなることが増える超高齢化社会でも、それなりに楽しく年を重ねていける生存戦略になるかもしれません。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です