「つながりの精神病理」表紙

中井久夫氏の「精神健康を維持するために」(その3)

カウンセリングルームながまち 室長 精神保健福祉士 樋口明夫

1.分裂する能力、そして分裂にある程度耐えられる能力
2.両義性(多義性)に耐える能力
3.二重拘束への耐性を持つこと
4.可逆的に退行できる能力
5.問題を局地化できる能力
6.即座に解決を求めないでいられる能力、未解決のまま保持できる能力
7.いやなことができる能力、不快にある程度耐えられる能力
8.一人でいられる能力、二人でいられる能力
9.秘密を話さないで持ちこたえる能力(関連して、噓をつく能力)
10.いい加減で手を打つ能力(関連して、意地にならない能力、いろいろな角度からものを見る能力、相手の身になる能力、欲求不満に耐える能力)
11.しなければならないという気持ちに対抗できる能力
12.現実対処の方法を複数持ち合わせていること
13.兆候性へのある程度の感受性を持つ能力(関連して、対人関係を読む能力)
14.予感や余韻を感受する能力
15.現実処理能力を使い切らない能力

中井久夫氏「精神健康の基準」(ちくま学芸文庫「「つながり」の精神病理」)所収

「精神的健康を維持するために」第10から15までをご紹介します

 故中井久夫氏が書き残された「精神健康を維持するために」15項目は、精神的健康を保って生きるために大切なポイントを先生が整理したもので、このうち第1から第9まで、以前本ブログにてご紹介させていただきました(中井久夫氏の「精神健康を維持するために」中井久夫氏の「精神健康を維持するために」(その2))。

 今回は第10から第15まで、6項目をご紹介させていただきます。お読みいただけるとありがたいです。

10.いい加減で手を打つ能力

 第10の「いい加減で手を打つ能力」は、中井氏によれば「複合能力」であり、「意地にならない能力」、「いろいろな角度からものを見る能力」、「相手の身になる能力」、「欲求不満に耐える能力」という4つの「能力」が関連していると言われています。

 「いい加減」という言葉は普通ネガティブな意味で使われますが、「丁度いい加減」と考えてみると、ポジティブな意味に反転します。

 関連しているとされる「意地にならない」、「いろいろな角度からものを見る」、「相手の身になる」、「欲求不満に耐える」4つの能力については、一呼吸おいてよく考えてみることで開けてくる、違ったものの見え方があるということを言われているように思います。

 中井氏は「人類はこれらの点で未成熟で戦争を繰り返している。」と述べられています。「兵庫精神医療」誌に「精神健康の基準」が掲載されたのは1985年ですので、ちょうど40年経過したわけですが、依然人類が成熟しきれていないのは残念なことです。

 戦争という国同士の大きな争いに限らず、今多くの働く人を悩ませている「クレーマー」や、学校でのいじめ、DVや児童虐待など家庭内の暴力の問題など、さまざまな人間関係の問題も、「いい加減で手を打つ能力」と、関連する4つの能力の未熟により起きているように思います。

 「丁度いい加減」で行くことの大切さにあらためて気づかされます。

11.しなければならないという気持ちに対抗できる能力

 第11について、中井氏は特に解説を書かれていません。

 忙しく働いていたり、育児や介護に追われている時に、「しなけばならないという気持ちに対抗」するのはかなり難しいことです。

 しかしながら、そのような時こそ、精神的な健康を保つために、何かしらホッとできる、大好きなことをして自分らしく過ごせる時間を確保していきたいものです。

 過重労働による精神疾患の発症、自死、突然死が実際に起こっている現実があります。「しなくてはならないという気持ちに対抗できる能力」を発揮して身を守ることは、中井氏がこれをお書きになった40年前から変わらず課題になっています。

12.現実対処の方法を複数持ち合わせていること 

 この第12の能力についても、中井氏の説明は短く、「いわゆる防衛機制が病的なのではない。少数の防衛機制を何にでも使うと病気になりやすい―あるいはそのこと自体が病気である。」とだけ記されています。

 防衛機制とは、改めて言うまでもないかもしれませんが、合理化、反動形成、昇華、抑圧、否認、退行など、ストレスによる精神的苦痛を軽減するために、無意識に心の中で用いる心の働きのことです。

 ストレスへの意識的な対処行動(コーピング)は、防衛機制と区別されます。

 防衛機制は健康な人も日常的に使用しており、それ自体は病的なものではない。さまざまなストレスに直面せざるを得ない日常生活の中で、一つだけの、あるいは少数の防衛機制を用いるのではなく、時と場合に応じた様々な防衛機制を用いて「しのいでいく」ことを勧められています。

 中井氏は本稿で防衛機制のみを取り上げられていますが、コーピング(意識的な対処行動)についても同じことが言えると思います。

13.兆候性へのある程度の感受性を持つ能力(関連して、対人関係を読む能力)

 中井氏は「兆候性へのある程度の感受性」は、身体感覚、特に疲労感、余裕感、あせり感、季節感、その他の感覚を持つことと同じである、と関係すると言われます。

 「身体感覚」は「体からのメッセージ」と言い換えてもよいでしょう。ストレスフルな状況に長く置かれると、この身体感覚を感じることが難しくなってきます。

 難しいことではありますが、ストレスフルな状況に置かれた時こそ、「体からのメッセージ」に耳を澄まして、無理せず休む、好きなことをする、など適切な対処行動をとることが大切なのでしょう。

 また、この「兆候性へのある程度感受性」は、「対人関係を読む能力」とも関係しており、「今、相手が親密性を求めているかがわからないと、対人関係で成功する率が少ない」、「対人関係は、ありがたがられる世話とうるさがられるおせっかいとが紙一重の差であるように、兆候性の解読に依存している。」と記されています。

 この「兆候性のある程度の感受性を持つ能力」は、恋愛関係、家族・職場などでの人間関係、保健・医療・福祉・介護など「ケア」の領域での支援する/される関係など、人間関係のある所ではあらゆるところで求められる、意識して磨いていく必要のある能力なのでしょう。

14.予感や余韻を感受する能力

 この第14の能力は、第13の兆候性への感受性と関連する能力であり、「過渡的な現象に不意に直面することを回避するためにもだが、この世界を味わい深いものにする上で重要な能力」であるとされています。

 この能力は、不意に突発的な事象に直面して危機に陥ることを防ぐために重要であると同時に、音楽、詩、俳句、絵画など多くの芸術は、「兆候性」を感受して表現したものであり、これらの芸術がこの世界を豊かなものにしていること、これらの芸術を味わうために欠かせないものであるということを中井氏は言われています。

 中井氏の奥深いものの見方が表現された一文です。

15.現実処理能力を使い切らない能力

 現実処理能力を使い切らないと同時に、「使い切らすように人にしむけないこと」が大切と記されています。

 過重労働を原因とする精神疾患(うつ病等)による病休や労働災害の発生が増加しており、対策が課題となっている今、非常に重要な能力です。子育てや、介護など、家庭の中での仕事に関しても全く同じことが言えます。

 仕事の現場では、働く人一人一人が気を付ければよいということではなく、雇用主、管理職が「使い切らすように人にしむけない」配慮が大切。この「使い切らすように~」の一文を書き加えていることに、中井氏の思い、やさしさを感じます。

 この第15の能力は、第10の「いい加減で手を打つ能力」、第11の「しなければならないという気持ちに対抗できる能力」とも関連しています。いい加減で手を打ち、しなければならない気持ちに対抗しながら、現実処理能力を使い切らないよう心がけていきたいものです。

終わりに 現代を生き抜く知恵

 あらためて「精神的健康を維持するために」15項目を読み返してみると、40年前に書かれたものと思えない、現代を生き抜くうえで不可欠なとても大切なことが書かれていることに驚かされます。

 私自身もこれまでの職場で、コピーを仕事机の引き出しに入れ、時々読み返しながら働いてまいりましたし、この15項目に随分助けられました。

 中井久夫氏の洞察と思いやりが詰まった、まさに“old but gold”な金言集と言えます。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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