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中井久夫氏の「精神的健康を維持するために」

カウンセリングルームながまち 室長 精神保健福祉士 樋口明夫

1.分裂する能力、そして分裂にある程度耐えられる能力
2.両義性(多義性)に耐える能力
3.二重拘束への耐性を持つこと
4.可逆的に退行できる能力
5.問題を局地化できる能力
6.即座に解決を求めないでいられる能力、未解決のまま保持できる能力
7.いやなことができる能力、不快にある程度耐えられる能力
8.一人でいられる能力、二人でいられる能力
9.秘密を話さないで持ちこたえる能力(関連して、噓をつく能力)
10.いい加減で手を打つ能力(関連して、意地にならない能力、いろいろな角度からものを見る能力、相手の身になる能力、欲求不満に耐える能力)
11.しなければならないという気持ちに対抗できる能力
12.現実対処の方法を複数持ち合わせていること
13.兆候性へのある程度の感受性を持つ能力(関連して、対人関係を読む能力)
14.予感や余韻を感受する能力
15.現実処理能力を使い切らない能力
(中井久夫氏著「「つながり」の精神病理」より)

・中井久夫氏の「精神的健康を維持するために」について

 中井久夫氏は統合失調症の治療、研究で高名な精神科医で、阪神大震災の時、神戸大学医学部精神科の教授をされていた方です。阪神大震災後、被災者の心のケアに当たられ、PTSD(心的外傷後遺症)についての古典的名著であるジュディス・ハーマンの「心的外傷と回復」を翻訳して我が国に紹介されました。

 今回ご紹介しました「精神的健康を維持するために」15項目は、中井氏の論考集「「つながり」の精神病理」(ちくま学芸文庫)所収の「精神健康の基準について」に記されています。

 ストレスとは、「自分の思い通りにならないことを認知していること」であると、30年以上前に受けた研修で、講師の先生から聞きました。人生は「思い通りにならないこと」の連続とも言えますが、ストレスに押しつぶされずに、まずまず健康に生きていくためのヒントが上記「精神的健康を維持するために」15項目に詰まっています。

1.分裂する能力

 1.の「分裂する能力」は少しわかりにくいですが、「人格」の分裂のことです。中井氏は「対人関係の数だけ「人格」がある」というサリヴァン(アメリカの精神医学者)の言葉を引いて、相手によって人格(この場合は対人関係のパターンくらいの意味)を使い分けることを肯定されています。たとえば、職場で上司と同僚、入ったばかりの後輩に接するときのパターンは違うのが当然で、無理に統一を保とうとすると無理が生じます。

 「俺はこういう人間だ」とか、「私はこういうタイプ」とか、固く決めつけて、いつもそのパターンでいかなければならないということはなく、時によって相手に合わせる柔軟さも大切にしたいです。

2.両義性(多義性)に耐える能力

 2.の両義性(多義性)に耐える能力は、一人の人間にいろいろな側面があるという事実を受け入れる能力、くらいの意味です。

 私も世間的に一人のおじさんであり、同時に妻の夫であり、娘の父であり、母の子であり、カウンセラー、ソーシャルワーカーでもあるという多義性を生きています。多義性が「受け入れられない」とすると、精神的健康を保つことが難しくなるということを、中井氏は言われています。

3.二重拘束への耐性を持つこと

 「二重拘束」は「ダブルバインド」の訳語で、二つの相反する要求をされている状況を言います(板挟みの状況とも言えます)。

 例えば親から子へ「自由に生きなさい」と伝えることは、子が自由に生きると、親の言いつけに従って生きることになるため、ダブルバインドのメッセージということになります。怒った顔をして「怒っていない」と言うこともダブルバインドのメッセージです。ダブルバインドの状況に置かれた人はストレスを抱えますが、人生の中でそのような状況に置かれることを避けることは難しいため、ある程度の耐性が必要になります。

4.可逆的に退行できる能力

 「退行」とはいわゆる「子どもがえり」のことです。大人になっても、いえ、大人として厳しい日々を送っているからこそ、子どもの頃のように何かに夢中になったり、我を忘れて楽しんだりする時間や余裕が大切だというメッセージにはとても共感できます。一方大人である以上、子どもがえりしっぱなしではいられない、可逆的に、ということもよく理解できます。

 5.以降もそれぞれ味わい深いメッセージが込められていますが、全て解説することはできないので、ご興味のある方は「「つながり」の精神病理」をお読みください。

・回復とはセルフケアができるようになること

 先日の宮城県アディクション問題研究会で、代表の石川達(とおる)先生より、「回復とは、セルフケアができるようになること」とお聞きしました。日々の生活の中でストレスを避けることはできませんが、それに押しつぶされずに生きていくために、自分自身をいたわり、ケアしていくことが欠かせません。中井久夫氏の「精神的健康を維持するために」には、自分をいたわり、ケアしていくための知恵が詰まっていると思います。

(2025.11.21付記 「精神的健康を維持するために」5~9までの5項目についての解説を本ブログに投稿しました(「中井久夫氏の「精神的健康を維持するために」(その2)」)。お読みいただけるとありがたいです。)

コメント

“中井久夫氏の「精神的健康を維持するために」” への3件のフィードバック

  1. […]  先日、本ブログに「オープンダイアローグの7原則(その1)」を投稿しました。今回は「その2」として、4つ目から7つ目の原則をご紹介します。(4)責任を持つこと(Team’s responsibility)治療チームは必要な支援全体に責任をもって関わる・・・他機関・他部門の支援が必要な時は、そこにクライアントを回すのではなく、その人たちを治療ミーティングに招いて、共に対話する。(まず目指すこと)病棟、保健所、行政、学校など、他の期間が関わる場合も、治療チームが出かけて行って共に対話する。 「治療チーム」とありますが、医療機関のスタッフだけでなく、広く対人支援に携わるスタッフ、と言い換えて考えたい原則です。どのような支援機関にも「できること、できないこと」、「得意なこと、そうでないこと」があります。何もかも一人の支援者、一つの機関が抱え込むのではなく、適切な人、機関につないで、「ネットワークで支援する」ことは大事ですが、支援機関相互の認識のずれや、連携の機能不全があると、ドロップアウトや当事者への不利益が起こってしまうでしょう。 「責任を持つ」ことは、一見当たり前のことのように感じるかもしれません。しかしながら、責任を持つとはどう対応することなのか?よく考えると、人によって、所属機関によって感覚が異なりますし、対人支援の現場で、「丸投げされた」、「(他機関との、支援機関内の)連携がうまくいかない」などの「恨み節」を聞くことが珍しくないのも、「責任」の理解や感覚が人や機関によって異なることによるものと思います。 「他機関・他部門の人を治療ミーティングに招いて共に対話する」ことで、当事者・ご家族を中心にお互いの認識や考え、方針を率直にすり合わせ、支援者による抱え込みや、支援の中断を防いでいくことが大切です。(5)心理的連続性(Psychological continuity)クライアントをよく知っている同じ治療チームが、最初からずっと続けて対応する・・・クライアントや家族、関係者のことをよく知っている人が、治療の全プロセスを通して治療ミーティングに参加する。(まず目指すこと)異動等があっても、可能な限り誰か1人はチームに残って橋渡し役となる。  担当者がしょっちゅう変わることが、クライアントにとってよくないのは自明なので、この原則は、従来から意識されていることです。あらためてはっきり言葉で言い表してもらった感じでしょうか。 なるべく担当が変わらないように、また、やむを得ず変わる場合、いっぺんに変えず、最小限の変更とするよう配慮します。(6)不確実性に耐える(Tolerance of uncertainty)答えのない不確かな状況に耐える。・・・結論を急がない。すぐに解決したくなる気持ちを手放す。葛藤や相違があったとしても、その場にいる人々の多様な声を共存させ続ける。  先日本ブログでご紹介した「中井久夫氏の精神的健康を維持するために」15項目の中に「即座に解決を求めないでいられる能力、未解決のまま保持できる能力」が挙げられていますが、同じ考えであることが興味深いです。中井先生が「兵庫精神医療」誌にこれをお書きになった1985年は、フィンランドのケロプダス病院でオープンダイアローグが始められた時期と同時期です。どちらかがどちらかを参考にしたとは考えられないので、西洋と東洋のそれぞれの片隅で、優れた実践家が、同じようなことを考えて表明していたということになります。 結論を急がず、すぐ解決しようとする気持ちを手放して対話を続けること。効率至上主義の現代に対する異議申し立てのようにも感じられますが、実際には驚異的な治療実績をあげているのがとても興味深いです。 哲学的とも言える奥が深い考え方で、簡単なことではないですが、大事にしていきたい原則です。(7)対話主義(Dialogism)対話を続けることを目的とし、多様な声に耳を傾け続ける・・・対話することは何かの手段ではなく、それ自体が目的であり、解決はその先に現れる。 オープンダイアローグでは、調和のとれた「ハーモニー」、「シンフォニー」ではなく、「ポリフォニー」を重視します。多様な言葉が様々に鳴り響くイメージ。無理に同調しよう、させようとせず、それぞれがそれぞれの思いを発言すること、それに耳を傾け、応答し続けることを大切にします。 オープンダイアローグの我が国への紹介者である斎藤環(たまき)氏は、先月お聞きした講義の中で「ハーモニーは同意の強制」と言われていて、聞いたときは笑ってしまいました。 議論、説得、尋問、正論、アドバイスも対話を終わらせてしまうものとして、否定されます。 […]

  2. […]  以前本ブログにてご紹介した中井久夫氏の「精神的健康を維持するために」15項目の中でも、第11として「しなければならないという気持ちに対抗できる能力」、第15として「現実処理 […]

  3. […]  今年6月上旬、本ブログに「中井久夫氏の「精神的健康を維持するために」について」」という一文を投稿してから4か月以上経過したのですが、今でも読んで下さる方がいらっしゃり […]

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