閖上の海とヨット

東日本大震災から15年

1.もうすぐ3月11日
2.震災直後の児童相談所―被災児の保護
3.お父さんとの再会
4.よき聴き手であり続けたい

1.もうすぐ3月11日

 今年ももうすぐ3月11日がやってきます。

 この時期になると、東日本大震災を経験した誰もが、あの時のことを振り返ることと思います。

 今年は15年目の節目ということで、いつも以上に、あの日とその後に起きたことに思いを巡らすことが多いのではないでしょうか。

2.震災直後の児童相談所-被災児の保護

 私は昨年3月まで仙台市役所に勤務しておりましたが、大震災発生時は仙台市の児童相談所で係長をしておりました。

 児童相談所は甚大な被害のあった沿岸部から離れた、比較的地盤の固い高台にあり、棚が倒れて物が散乱するなどしましたが、建物に大きな被害はありませんでした。

 日によっては面接室や待合室が一杯になるくらいご相談の子どもさん・保護者さんがいらっしゃることもあるのですが、その日の発災時はお客様が少ない時間帯でした。

 児童相談所は敷地内の別棟に一時保護所があり、幼児さんから高校生年代のお子さんまで定員に近い十数名の子どもさんが集団生活を送っていました。一時保護所の責任者からみんな怪我などなく、元気にしていると報告を受けた際は本当にほっとしました。
 
 非常用電源でテレビを見ることができたため、沿岸部に大津波警報が発令されたことを知りました。津波が仙台市の沿岸部に到達した際、リアルタイムでその様子を視聴し、「これは大変なことになった」と思いましたが、どのようなことが起こるのか、想像することもできませんでした。

 その後実際に起こったことは、ほとんどの人の想像をはるかに超えたものでした。

 その晩から、児童相談所の事務室にビニールシートと布団を敷いて泊まり込みになりました。夜中の2時など、通常では考えられない時間に、「朝から○○小学校の避難所に児童相談所から職員を派遣してもらえるか?」といった電話が市役所の本庁から電話がかかってきたこともあります。

 その後児童相談所で体験した一部始終をここに書くことはとてもできませんが、忘れることができないのは、大震災発生の翌日児童相談所に警察が連れてきたお子さんのことです(個人が特定される情報は記しません)。

 未就学の幼児さんで、お母さんと二人で、市内沿岸部の自宅にいたところを津波が襲いました。

 子どもさんは流されているところを、近くにいた人に助けられ、沿岸部の警察署に保護されました。本当に危機的な状況を生き延びたのです。一晩警察署で過ごし、翌日児童相談所に連れてこられて、一時保護されることになりました

 このように、保護を要する子どもさんを警察官が児童相談所に連れてくることを「身柄付き要保護児童通告」といいます。ほとんどの場合児童虐待の被害を受けたお子さんで、津波のような自然災害で保護者と離れたお子さんの一時保護は初めての経験でした。

 一緒にいたお母さんは行方不明となりました。

3.お父さんとの再会

 数日後、お父さんが児童相談所を訪ねてきました。警察から、子どもさんが児童相談所に保護されたことをお聞きになったのです。

 津波が自宅を襲った時、お父さんは仕事に出かけており、津波の後初めて、数日ぶりの再会でした。お父さんは子どもさんを抱きしめた後、「お前一人だけなのか?」と言って、泣き崩れました。

 お母さんも一緒に保護されていてほしいと願いながら、児童相談所に子どもを迎えに来ていたのです。

 児童相談所ですから、大人の保護はできません。それでもお母さんも保護されていることに一縷の望みをお持ちだったのだと思います。

 その場に居合わせた職員も皆涙をこらえながら、子どもさんをお返しする対応に当たりました。

 行方不明となったお母さんはその後遺体となって発見され、お父さんはご実家の支援を受けながら子育てと仕事を行ったと聞きました。

 このお子さんのように津波の発生後、近くにいた人や警察に助けられ、「身柄付き要保護通告」に基づき児童相談所で一時保護したお子さんは二人おりました。

 児童相談所の一時保護所で過ごされたのは、ほんの数日だけでしたが、忘れることのできない思い出です。

 二人とも元気で過ごしておられれば、大人になる頃の年齢です。この15年間、折に触れてお二人のことを思い出しながら、元気で過ごされていることをお祈りしてまいりました。今どのように過ごされているのでしょうか。

4.よき聴き手であり続けたい

 東日本大震災のような大災害を経験した人はみな、多かれ少なかれ心が傷つく経験をします。

 思い出したくないことが少なくない反面、でも誰かに話したい、話さずにいられない、そんな記憶があるようにも思います。人間の心は両価的(アンビヴァレント)です。

 無理に思い出す必要はないし、無理に話す必要もないですが、もしあの時の体験を話したい人がいる時、話したいことがある時には、心を込めて耳を傾けるよき聴き手でありたいと思います。

 また、自分の中に話したいことがあるときは、話を聴いて下さる方に話していきたい、聴いて下さる方との関係を大切にしたい、そのように思います。

 本日は私の独り言をお聴きいただき、ありがとうございました。

カウンセリングルームながまち 室長 精神保健福祉士 樋口明夫 

(写真は宮城県名取市閖上(ゆりあげ)の海岸(2026年2月))


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